3連勝からの3連敗。絶体絶命の阪急を救った足立光宏「強者のメンタリティ」
「ニュースとスポーツ新聞は見るな」。
76年の日本シリーズ。阪急ブレーブス対読売ジャイアンツの激闘は、阪急が幸先よく3連勝もその後3連敗。窮地に立たされ、いよいよ追い込まれた阪急ナイン。その夜、選手たちに上田監督がかけたのが冒頭の言葉です。
「巨人を倒して日本一になる」。阪急ブレーブスにとって巨人に勝つことは宿願でした。西本幸雄監督によるリーグ優勝以来、これまで何度も挑んでは跳ね返された巨人の壁。
阪急ブレーブスの宿願はまたも潰えるのか。逆王手をかけられたこの日、阪急ナインのみならず、日本中が「ジャイアンツの逆転日本一」と感じるほどの雰囲気となっていました。
なんといっても逆王手をかけられた第6戦。阪急は幸先よく三連勝したことに気を許したわけではないでしょうが、ずるずると連敗。そのうえ第6戦では一時7点差をつけながらも追いつかれたあげく、遂にはサヨナラ負けを喫します。
それでも上田監督は「ウチはどこにも負けないメンバーだ。今夜はマージャンも酒も自由。明日の朝また元気に集まろう」とミーティングで選手に声をかけたといいます。
ところが冒頭の「ニュースとスポーツ新聞を見るな」という上田監督の言葉。たった一人この約束を破って、巨人の逆転日本一へのムード一色となった雰囲気を感じていた選手がいます。
翌日の第七戦の先発を託された、ベテランエース足立光宏投手です。
足立はこの夜、巨人勝利に沸く東京の街に繰り出し、一人静かにバーでグラスを傾けながら翌日の大一番に向けて気持ちを落ち着けたといいます。
「命まで取られるわけじゃない。たかが野球じゃないか」。これほど強者のメンタリティを備えたエースはこのときの阪急には足立しかいませんでした。
このときの足立投手はすでにプロ18年目。下手投げからの速球を武器に活躍した足立も、その投法ゆえに膝にはかなりの負担がかかりパンク寸前。それでも何度も勝てない時期を乗り越えてきた投球術は、まさに円熟期を迎えていました。
上田監督もここまでの絶対的な窮地に立たされてもなお「まだウチには足立がおる」と、ベテランアンダースローに絶対的な信頼を寄せます。まるで最後に一縷の望みを託すかのように。
翌日の後楽園球場。むせかえるような巨人逆転日本一へのムードに沸き返る日本シリース第7戦。落ち着き払ってマウンドに立った足立投手。その円熟した投球が冴えを見せます。
99.9%巨人ファンに囲まれた後楽園球場で、その大きなうねりの中心にいて一人冷静な投球を続ける足立投手。さながらその姿は、台風の目の中にただ一人、静かに立っているようでした。
巨人打線は淡々とした足立の投球の前に、昨日の爆発が嘘のように沈黙。足立をマウンドから下ろすことが出来ません。試合は1対2で迎えた7回オモテ、巨人先発のライトから森本が値千金の2ラン。
4対2。ついに阪急ブレーブスが巨人を倒し、宿願を果たします。投球数125。足立は完投でマウンドに立ち続け、自ら胴上げ投手となりました。
かつて西本阪急が何度日本シリーズで巨人に挑んでも跳ね返され続けた中で、ひとり足立投手だけは巨人に強かった。巨人のV9時代でも、阪急があげた8勝のうち5勝が足立投手によるものです。
磨き続けた強者のメンタリティが、ついに「打倒巨人」という最高の舞台で報われた瞬間でした。