阪急ブレーブス通信

〜阪急ファンで行こう!EVOLUTION〜

君は戦後の阪急を支えたエース「今西錬太郎」を知っているか。

 
2019年、クライマックスシリーズも大きな盛り上がりを見せました。その中、多くの勇者党が胸を躍らせたシーンは横浜スタジアムでの今西錬太郎氏の投球では無いでしょうか。
 

 
ファーストステージ、DeNAの前身大洋ホエールズで初勝利を挙げた投手として、今西錬太郎さんが始球式にて95歳という年齢を感じさせないマウンドさばきをみせたことが数多くのニュース番組で取り上げられました。
 

 
このニュースだけを見ると大洋のエースという印象になってしまいますが、今西さんといえば帽子を飛ばしながら投げる姿が写真でも登場する天保氏(山田久志氏入団時の投手コーチ)や先日NHKでドラマ化もされた野口二郎氏とともに阪急投手陣を支えた偉大なる勇者OBであるということをご存知の方も多いのではないでしょうか。
 

 
入団経緯は阪急の村上初代球団代表が行きつけの散髪屋店主から「私の弟が野球がうまいので、阪急に入団させてほしい」と話をしたことがきっかけというまるで作り話のようですが、そのまま内野手として1946年に浪商から入団します。背番号は「8」。入団後は投手陣が不足するチーム事情で投手へ、浪商三年から内野手から投手にコンバートしそこで猛練習した成果も手伝い、いきなり完封を含む7勝を挙げる活躍をみせます。翌年から21勝、23勝、19勝と勝ち星を積み重ねます。まだ1リーグ時代だった1947年は巨人から9勝を挙げ、巨人キラーとも呼ばれました。この対巨人の年間9勝は、中日の杉下に破られるまでの記録でもありました。
 

 
カミソリシュートを武器に阪急では4年間で70勝と大活躍し、その後大洋へ移籍。冒頭の初勝利へとつながっていきます。引退後は高校野球の監督として、全国大会へも出場、指導者としても活躍します。世代的に球場で今西投手の活躍を見たことある方も少ないとは思いますが、今西さんの活躍が紙上をにぎわすのは阪急ファンとしてはうれしい限りですね。
(K.G)
  

https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/10/05/kiji/20191005s00001173227000c.html