阪急ブレーブス通信

〜阪急ファンで行こう!EVOLUTION〜

ブーマーを継承した和製大砲「デカ」高橋智が見せた規格外の希望

 
オリックスの新人、背番号44番を背負う頓宮裕真(とんぐうゆうま)選手は、かつて同じ番号をつけたブーマーになぞらえて、将来は自分も「ユーマーと呼ばれたい」と話します。なんとも阪急ファンには嬉しいコメントです。

 
そんな頓宮選手の将来を楽しみにしながら、私たち阪急ファンが思い出すのは、かつて同じ背番号44番をつけて規格外のホームランを打ちまくった和製大砲「デカ」こと高橋智選手です。

 
高橋智選手の才能が開花したのはオリックス時代ですが、阪急ブレーブスを4年経験しているれっきとした勇者のOBです。

 
投手として入団した高橋智選手でしたが、新人時代からすさまじい打撃を見せていたこともあり3年目には打者に転向します。

 
水谷コーチの徹底した指導もあり、1987年には21本塁打でウエスタンの本塁打記録を塗り替えます。そして9月には一軍の試合に出場、西武球場で工藤(現ホークス監督)からホームランを放ち、阪急ファンに和製大砲誕生の期待を抱かせます。

 
なおこのシーズンでは主にサードで出場し、その際は松永がショートに回りました。首脳陣としてはサードとして育てたい思惑だったようです。結局この1987年は一軍で4ホームラン。翌年以降に大きな期待を抱かせました。

 
しかしながら1988年以降、思うように出場機会が得られません。

 
特に1989年から1990年頃は「ブルーサンダー打線」が猛威を奮った時期でもあります。リーグを代表する長距離砲が自軍に揃い、さらに不慣れな三塁での守備や(その後外野へコンバート)、自身の打撃の不調もあり、なかなか活躍の場面は訪れませんでした。

  
転機となったのは1991年。門田がホークスへふたたび移籍し、本拠地も西宮から神戸に移転。チームとして若い大砲が求められたこの年、白羽の矢が立った高橋智はシーズン前からレギュラーとして期待され、開幕スタメンにも名を連ねます。

 
開幕から3試合目の神戸での西武戦。3-9で迎えた9回裏に代打で登場し、3ランを放ちます。試合は敗れましたが、春先からの勢いそのままに、この1991年は23ホームランを放ち一躍チームの顔になりました。

  
翌1992年には、ブーマーの移籍に伴い背番号は44へ。一説によると高橋智の背番号変更はブーマーからの進言があったとも言われています。

 
4月こそややスロースタートでしたが、5月27日の東京ドームでの日ハム戦。阪急キラーとして知られた松浦から2本のホームランを放ちます。そして球場がざわつき始めた次の打席、代わった島崎投手からこの日3本目のホームラン!

 
高橋智が本物のホームランバッターに覚醒した瞬間でした。

 
結局、この年は29本のホームランを放ちベストナインにも選ばれます。ホームランのみならず、長身を生かした快速も武器で、イチローをレフトに、センターに高橋智という形で、イチローとも外野陣を形成していました。(関連記事あり)
 

 
しかし、1993年からはケガや監督との確執でスタメンから外れたり二軍で過ごすこともしばしば。特にその後就任した(「マジック」を使う)監督は、極端な選手起用で、使われない選手は徹底的に使わなくなります。高橋智選手にとっては長い不遇の時期でした。

 
結局その後の爆発は1999年のヤクルト移籍まで待つこととなります。

 
晩年、オリックスでの出番が減った頃、解説の西本幸雄さんは「高橋智を使わないのはもったいない、なぜだ」という旨の発言をよくされていました。もう少し多く試合で見たい選手であったことは間違いありません。

 
今も続く応援歌、「逆転イッパツマン」がよく似合う、常に長打の期待をもたせてくれた和製大砲でした。
 
 

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